いわての作家 くどうれいんさん

くどうれいん

ていねいに、みつめたい
誰にでもあるプンスカ

今秋『プンスカジャム』が発売。いわて出身の作者にインタビュー

―『プンスカジャム』が書店に並んだ今、どんなお気持ちですか。
最初に担当編集者から電話を受けた時は、あの『ぐりとぐら』シリーズで有名な福音館書店の方がなんで私に…と驚きで。その時、作品になっていたのは『わたしを空腹にしないほうがいい』だけ。それを偶然にも東京の書店で見かけて、食の話が書ける作家がいる、と声をかけてくれたらしいです。「時間をかけて作りましょう」と、ここまで3年。一つひとつ重ね、ついに発売日を迎えることができてうれしいです。

―ストーリーはどのように生み出されたのですか。
「書きたいテーマはありますか」と聞かれたので、高校時代に書いていた話をベースにしよう、と。話の舞台は、いろいろな人が訪れる、裏路地のベーカリーあんぐり。登場人物たちが抱えている感情をジャムにすることで、最後は笑顔で店を出るという話を、子どもが受け取りやすい設定と表現に、という感じですね。伝わりやすい言葉選び、声に出した時のリズム感を意識しました。

―ベーカリーあんぐり店主のあぐりさんが呪文のように唱える言葉は、岩手の方言ですね。
私がよく「ほにほに」を使うのですが、それを聞いた知人から「呪文みたい」と言われたのが、うれしくて。呪文に聞こえるこの言葉を入れようと決めていました。「ホニホニ」も「まんつまんつ」も岩手の人には馴染み深いですよね。

―言葉の豊かさに、くりはらたかしさんの絵が加わることで、世界観がぐっと広がっていますね。
文章では書いていない部分について、くりはらさんからいくつも質問があったんです。
そのやりとりを重ねたことで、作品全体がより共感しやすくなったと思います。例えば、ハルが公園で友だちを待つシーンでは、「これって何分待っているんでしょうか」と。文章は「まっても、まっても、まっても、まっても」と繰り返すだけですが、ハルは何分待ったのか。子どもが一人で待っていられるのは何分なのか。読む人が納得するようなリアリティをとことん考えましたね。怒る理由についても同じです。どちらか一方が悪いという設定にはしたくなかったので、いろいろなシチュエーションをあげて、「まんまる」という言葉が引き起こす、すれ違いが面白いだろう、と。

©Takashi Kurihara
©Takashi Kurihara
©Takashi Kurihara
©Takashi Kurihara

あらすじ
「もう、もうもう、もうもうもう、ぼくはおこった!」小学2年生のハルは、友だちのタニくんに遊ぶ約束をすっぽかされて怒っていました。プンスカするハルの前に「あなたのプンスカ、ジャムにします」と書いてあるふしぎな車があらわれて…。

―絵本のテーマは「怒り」。
プンスカしている自分を、どうやって受け止めるか。実は、怒り=自己責任という視点で、文章は書き終えていたのですが、その頃に新型コロナウィルス感染症が広まり始めて。理不尽な線引きによって、やり場のない怒りを抱えている人の存在を知り、再度、書き直しました。怒りを悪い感情として、一方的に決めつけるのは違うかな、と。湧き上がる怒りを押し込めたり、目を背けたりするのではなくて、誰かと共有しながら、ていねいにみつめる。そこに行きつきました。

―ていねいにみつめる時、主人公ハルに寄り添うあぐりさんが、とても温かい。
「どうしたの?」って聞いてくれる優しい存在は、年を重ねた私がいつかなりたい姿、として書きました。怒りでいっぱいになっている人に、「まんつまんつ」と言いながら、美味しいものとお茶を出す。お腹をいっぱいにしてあげてから、大らかに受け入れる。プンスカで自分を忘れてしまうハルも、そっと見守るあぐりさんも、私であり、あなたであると思います。

―怒りを煮詰めていくうちに、自分の心の内に気づくハル。完成したジャムの色が、きらきら、うるうるして美しいですね。
「あさやけの海の色みたいに、きらきらしたピンク色」と表現したものの、絵にするならどんな色なのか。実際の朝焼けの画像をいくつも見て、イメージに近い色を選び、あの色になりました。ずっとながめていられそうなほど美しいジャムも、もともとはプンスカ。プンスカすることは悪いことじゃないし、プンスカと向き合うからこそ、素敵な色合いになることが伝われば、うれしいですね。

―今年もそろそろ終わりですが、どんな1年でしたか。
4月に歌集『水中で口笛』、7月に初の小説『氷柱の声』、そして9月に『プンスカジャム』が発売になりましたが、時期が揃ったのは本当に偶然なんですよ。とにかく、いろいろな経験ができた1年だと思います。『氷柱の声』は、ずっと書きたかった東日本大震災のことを、当時高校生だった自分と重ねつつ、ようやく形にできた作品。関わってくれた方への感謝も含めて、思い入れはとても強いです。芥川賞にノミネートされたことでお祭りのような状態になったことは、想像もできませんでしたけれど。実は、今年の初めに編集部の方と「40歳までには候補入り目指そう」と冗談交じりに話をしたのですが、まさかこんなに早く実現するとは、と自分でも驚いています。ノミネート後の作品が、小説じゃなくて絵本というのは、みなさんにとっては「えっ」という感じでしょうか。でも、本当に偶然です。

―最後に、ファム読者にひと言。
子どもだけでなく、大人になってからも、自分のなかの怒りはもちろん、周囲の怒りに戸惑うことは多いですよね。『プンスカジャム』を読んで、怒りへの構えを考えるきっかけになればと思います。岩手の方言も出てくるので、ぜひ手にとってみてください。

くどうれいん

くどうれいん
1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。作家。著書にエッセイ集『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD)、『うたうおばけ』(書肆侃侃房)。歌集『水中で口笛』(左右社)。小説『氷柱の声』(講談社)。

氷柱の声

氷柱の声(講談社)
著:くどうれいん
価格:1,485円
東日本大震災が起きたとき、伊智花は盛岡の高校生だった。それからの10年の時間をたどり、人びとの経験や思いを語る声を紡いでいく。第165回芥川賞候補作。

※この記事は「fam冬号vol.30(2021年12月)」に掲載されたものです。